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最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)1248号 判決 2000年1月27日

上告人

秋元一夫

上告人

秋元美代子

右両名訴訟代理人弁護士

佐々木秀雄

塚本まみ子

田口育男

被上告人

草木輝光

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

野口和俊

主文

原判決を破棄する。

被上告人らの控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人佐々木秀雄、同塚本まみ子、同田口育男の上告理由第二点について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  被上告人らは、東京都中野区本町四丁目二九番の六及び一三の各土地(以下「被上告人ら共有地」という。)を共有し、上告人らは、同番の二、三、一四及び一五の各土地(以下「上告人ら共有地」という。)を共有している。上告人ら共有地のうち二九番の二及び三の各土地には、北端と南端でそれぞれ公道に接する未舗装の私道(一審判決別紙図面一の斜線部分。以下「本件私道」という。)が設置されており、被上告人ら共有地は、本件私道以外の道路に接していない。

2  本件私道は、戦前に開設されたものであって、その幅員は、場所によって一定しないものの約二メートルから三メートルであり、建築基準法施行後、同法四二条二項に規定する指定により同条一項の道路とみなされている。被上告人らの母である草木久代は、上告人秋元美代子の父から賃借していた被上告人ら共有地上に建物を建てて居住し、主に徒歩で本件私道を通行していた。

3  久代は、昭和二八年一一月、上告人秋元美代子の父が昭和二二年に国に物納した二九番の六の土地を大蔵省からの払下げにより取得し、昭和三九年二月には、同番一三の土地を上告人らから買い受け、上告人らとの間で、右各土地を要役地、本件私道を承役地として、徒歩及び二輪車による通行を目的とする通行地役権(以下「本件通行地役権」という。)を黙示的に設定した。

4  上告人らは、昭和五九年五月、上告人ら共有地のうち二九番の一四及び一五の各土地上にマンションを建築した。その際、右各土地と本件私道との境の塀が撤去され、道路中心線から右各土地寄りに約二メートル後退した位置にフェンスが設置されたため、同所付近における本件私道の幅員は、従前の約2.7メートルから約3.4メートルに拡幅された。

5  被上告人らは、昭和六一年一〇月三一日に死亡した久代を相続し、昭和六三年一〇月頃、空き家となっていた被上告人ら共有地上の右建物を取り壊し、右土地を更地にした。

6  被上告人ら共有地は、平成二年三月から約一年間、近隣のビル建築のため、工事関係車両の駐車場、仮事務所設置用地として利用されたが、その際、上告人らは、右建築工事の請負業者が前記マンションの建築工事を担当した業者であったことから、右請負業者の要請を受けて、右建築工事中、工事関係車両が本件私道を通行することを承諾した。右期間以外には本件私道を自動車が通行したことはなかった。

7  上告人らは、平成三年八月頃、前記フェンスを撤去し、新たに道路中心線から三メートル以上離れた一審判決別紙図面二のP2、P3、P4の各点を結んだ位置にフェンスを設置し直した上、道路中心線から一メートル弱の同図面の①から⑩の各位置に鎖でつながれた金属製ポール一〇本(以下「本件ポール」という。)を設置した。

8  被上告人らは、その共有地を賃貸駐車場として利用する目的を有している。

二  本件において、被上告人らは、自動車の通行を妨げられているとして、上告人らに対し、通行地役権又は通行の自由権(人格権)に基づき、本件ポールの撤去を求めている。

原審は、通行の自由権(人格権)に基づく請求について、概要次のように判示して、これを認容した。

一般人は、建築基準法四二条二項の規定による指定を受けた私道について、その反射的利益として自由に通行する権利を有し、右通行が妨害された場合には、通行妨害の態様、指定された道路の使用状況等によっては通行の自由権(人格権)に基づき、通行妨害の停止や予防を請求することができる。本件ポールの設置は、建築基準法四四条一項に直接違反するものではないが、現状での通行可能な範囲を著しく制限する行為は、同法の趣旨に反するものと解すべきである。本件私道の自動車による通行は、従来、一般公衆に保障されていたものではないし、被上告人ら共有地の利用状況や賃貸駐車場としての利用目的からみて、日常生活に必須の要請であるとは認め難い面があるが、通行の自由が確保される必要があるのは、本件私道に接する土地の居住者が利用する場合に限定されるものではなく、本件ポールの設置により緊急自動車の進入が制限される事態の発生も予想されるから、被上告人らは、通行の自由権(人格権)に基づき、公共の福祉に反して違法に設置された本件ポールの撤去を求めることができる。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

建築基準法四二条一項五号の規定による位置の指定を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は、右道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され、又は妨害されるおそれがあるときは、敷地所有者が右通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り、敷地所有者に対して右妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである(最高裁平成八年(オ)第一三六一号同九年一二月一八日第一小法廷判決・民集五一巻一〇号四二四一頁)。そして、このことは、同条二項の規定による指定を受け現実に開設されている道路の場合であっても、何ら異なるものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記事実関係によれば、本件私道は、専ら徒歩又は二輪車による通行に供されてきた未舗装の道路であり、上告人らの承諾を受けた請負業者が建築工事のため一年間本件私道を自動車で通行したことがあるほかには、自動車が通行したことはなく、被上告人らは、久代が死亡した昭和六一年一〇月以降、その共有地を利用していないのみならず、右共有地を居住用としてではなく、単に賃貸駐車場として利用する目的で本件ポールの撤去を求めているにすぎないというのであるから、被上告人らが本件私道を自動車で通行することについて日常生活上不可欠の利益を有しているとはいえない。

そうすると、被上告人らの人格権的権利が侵害されたことを前提として本件ポールの撤去請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、原審の認定した事実によれば、本件通行地役権は自動車の通行を目的とするものではないのであるから、右権利に基づく請求も理由がないというべきである。以上に述べたところからすれば、被上告人らの右各請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人らの控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人佐々木秀雄、同塚本まみ子、同田口育男の上告理由

原審判決は「被上告人らは、通行の自由権(人格権)に基づいて、本件ポールの撤去を求めることができるものと認めるのが相当である。」とするが(第三当裁判所の判断三2)、その法的根拠が明らかでなく、上告人らの本件私道に対する財産権(憲法二九条)の行使を不明確な根拠に基づき制限するものとして、以下のような審理不尽、理由不備の違法があり、また民法、民事訴訟法及び建築基準法に違背しひいては憲法の解釈を誤ったものである。

以下詳述する。

第一 <省略>

第二 審理不尽・理由不備の違法について

一、本件ポールの取り外しについて

原審判決は、「本件ポールは、金属製の一〇本のポールと、その上部をつなぐ金属製の鎖とからなり、⑩の位置のポールの上部につながれた鎖の南端部分はその西側に位置する被告らのマンションのフェンスに接続されてい」て、「この鎖及びポール自体を取り外すことは不可能ではないが、被告らを除き、容易に取り外せるというものではない。」旨認定している。

しかしながら、乙第一八号証によっても明らかなとおり、本件ポールは取り外そうと思えばこれを引き抜くことによって簡単に取り外すことができるのである。

原審はこの点につき何ら証拠調べをすることなく、安易に被上告人らの主張を採用して右のとおり認定したものであって、審理不尽・理由不備の違法がある。

その上で更に右認定を前提とすることによって、本件私道に本件ポールが設置されたことによって緊急自動車の本件私道への進入が制限される事態の発生も予想されるとしているのであるから、この点そもそも前提において誤っているのである。

二、公共の福祉について

原審判決は、本件ポールの設置により、緊急自動車の本件私道への進入が制限される事態の発生も予想されることから、これは公共の福祉に反し、違法なものというべきである、とする。

1、しかしながら「公共の福祉」なる概念は専ら国家と国民、国家と個人との間の権利関係に作用するものであり、本件のような私人間の権利関係に安易に適用するのは憲法および民法の解釈を誤ったものである。

2、更に、右のとおり本件ポールは必要があれば簡単に取り外すことができるのであるから、本件私道に緊急自動車が進入を制限される事態が発生するなどということは考えられないのであるが、仮りにそのような事態が発生することが予期されたとしても、原審判決には以下のような審理不尽・理由不備の違法及び憲法解釈の誤りがある。

まず、原審判決には「公共の福祉」の具体的内容が何ら示されておらず、単に抽象的・形式的に「公共の福祉」に反するとの理由から上告人らの重要な財産権である本件私道に対する所有権を制限できるとしており、これは、審理不尽・理由不備といわざるを得ず、ひいては憲法の解釈を誤ったものである。

国民の財産権は憲法第二九条によって不可侵のものとして保障されるのが原則である。確かに同条二項によって財産権の行使が「公共の福祉」によって制限を受けることがあるのは否定できないが、その場合でも単に抽象的に「公共の福祉」の名のもとに国民の重要な権利である財産権の行使を制限できるというのでは財産権の保障は無いに等しいものとなろう。少なくとも、財産権の行使を制限することによって得られる利益とそれによって失われる利益とを具体的に比較検討して決すべきである。

原審判決は、緊急自動車が本件私道へ進入できないことによってどのような公共の利益が害されるのか具体的に何も示していない。

ところで、本件私道はその両端を公道に接しており、その北側は幅員が狭くなっており(甲一号証の四参照)、もともと自動車の通行はできない。また、被上告人らと同じように本件私道に面した位置に居住している被上告人らの土地の南隣りの田中家、北隣りの黒川家は、いずれも公道に面して玄関があり、本件私道が日常生活上必須であるというわけではない。この点は原審判決も認定しているところである。

また、実際のところ本件私道を通行するものは極めて少ない(乙第一五号証ノ一、二)。

そうすると結局のところ、本件私道を通行する必要があるのは被上告人らのみであって、しかも被上告人らは自らの土地に居住するのではなく、単にその土地を賃貸駐車場として利用しようとしているにすぎないのである。

そのような本件私道の現況を考慮した場合、緊急自動車が本件私道への進入を制限されることによってどのような公共の利益が害されるというのであろうか。

原審判決は、本件私道の現況、これに面する土地、建物の状況等を何ら審理・斟酌することなく形式的に「公共の福祉」を持ち出して上告人らの所有する本件私道に対する財産権の行使を違法とし、これを制限したものであって、この点審理不尽・理由不備の違法があり、ひいては憲法二九条の解釈を誤ったものである。

仮に、緊急自動車が本件私道へ進入できなくなる事態が生じること自体をもって、その他の事情を全く考慮することなしに違法とするのであれば、それ自体不当であるが、二項道路指定を受けた道路で緊急自動車の進入を妨げているところは中野区内だけでも数多くあるのであり(例えば、乙第六号証ノ二、乙第七号証ノ二、乙第八号証ノ一等)、そればかりでなく、中野区自身もその所有する道路及び土地について杭と鉄条網などによって緊急自動車の進入を妨げているのであって(乙第一九号証ノ二・七)これら全てが違法ということになり、所有者は直ちに障害物を撤去する義務があることになるはずであるが、このような結論が不合理であることは明白である。

三、被上告人らの通行の自由の侵害の有無について

1、まず、原審判決は被上告人らが、本件私道を通行できるとする根拠として、通行地役権を挙げ、第一審判決を引用して、本件では、上告人と被上告人との間には明示の通行地役権設定の合意は認められないが、黙示の通行地役権設定の合意が認められること、しかし、その内容は、「従前から存在した私道の幅員約二メートルから三メートルを前提として、主に人の徒歩による通行及び自転車等の二輪車の通行を内容とするもので、自動車の通行をその内容に含まないものであり、このことは、現在に至るまで本質的な変化はないものというべきである。」とし、これに続けて「本件私道は前認定のとおり、本件ポールがあっても、なお当該場所の道路部分の幅員は約2.2メートルあり、本件私道の従前の幅員や本件私道の他の部分の幅員と比較して大差はなく、従前どおり、人や自転車等の二輪車の通行が可能な状態にある。」として、結局通行地役権に基づき本件ポールの撤去は認められないとしている。

2、更に、原審判決は、第一審判決を引用して、被上告人らによる、本件私道が建築基準法四二条二項に規定する指定を受けており、その指定された道路内に、本件ポールを設置したことが同法四四条、四五条に違反し、被上告人らの土地所有権を侵害しているとの主張に対しても、「本件ポールの形状、構造、設置方法に鑑みると、本件ポールが建築基準法四四条により建築又は築造が禁止されている建築物又は擁壁に当たるとは認められないし、また、本件ポールの設置行為が同法四五条の私道の変更又は廃止に当たるとも解されない。」とし、所有権侵害については、「本件ポールは、上告人らの所有する本件私道上に設置されているものであるから、その設置行為自体は、被上告人らの土地所有権を直接的に侵害するものではない。被上告人らの主張は、本件私道を自動車が通行できないことの結果として、自らの所有土地を駐車場として利用し得なくなったというにすぎないところ、自らの土地を賃貸駐車場として利用する権利があるということだけから、他人の土地である本件私道を自動車の通行できる道路として利用させることを要求することはできないというべきであるから、被上告人らの右主張は理由がない。」(当事者は「上告人ら」「被上告人ら」に改めてある。以下同様)旨判断している。

3、しかしながら、原審判決は、右認定のあとで、「公共の福祉」の名のもとに被上告人らの通行の自由権(人格権)に基づき本件ポールの撤去を求めることができるものと認めるのが相当であるとの結論を導いているが、被上告人らに如何なる内容の通行の自由が認められ、本件ポールの設置によってどのように右自由が侵害されるのか何ら示されておらず、原審判決はこの点で審理不尽・理由不備の違法があり、また民法の解釈を誤ったものである。

(イ)、まず、原審判決は、建築基準法四二条二項のいわゆる二項道路についての判断として、

「2 本件私道は、建築基準法四二条二項の規定による指定を受けた結果、同法四四条の一項の規定によりその地上に建築物を建築することが禁止される等公法的な規制を受け、指定された私道の所有者は、道路としての機能を維持し、公共の安全のために提供しなければならなくなり、その反射的利益として、一般人は、右私道をその形状の限度において自由に通行する権利を有することになる。その結果、右反射的利益として通行の自由を享受する者は、右通行が妨害された場合には、通行の自由権(人格権)に基づき、通行妨害の態様、指定された道路の使用状況等によっては、通行妨害の停止や、予防を請求することができることとなると解すべきである。」

旨述べている(第三当裁判所の判断三)。

確かに一般論として右のようにいうことができるとしても、本件が、右の場合に当たるかは更に、慎重に検討して判断すべきところ、原審は、強引に、且つ、安易に「公共の福祉」なる概念を持ちだし矛盾に満ちた判断をしている。

(ロ)、すなわち、判決は右に続いて、

「ところで、本件ポールが建築基準法で禁止している建築物に該当せず、本件ポールの設置が建築基準法に直接違反するものということもできないことは前記したとおりであるが、建築基準法は、建築物の敷地、構造等に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする法律であって(したがって、同法で建築物以外のものについての規制を定めることはできない。)、建築物以外に関する定めを設けていないとしても、公共の福祉の増進のために道路の通行を確保する必要性があることは否定できない。建築基準法の規定の趣旨からすると、二項道路は、将来のいずれかの段階では、幅員四メートルの道路が一般公衆の通行に供されることとなることを予定しており、それまでの間は、二項道路に接した建物の改築に伴い徐々に道路の中心線からの後退が行われ、その後退の状態に応じて、一般公衆の通行が拡大していくことを予定しているものと解されるのであり、現状での通行可能な範囲を著しく制限する行為は、建築基準法の趣旨に反するものと解すべきものである。東京都中野区環境建築部建築課長も本件ポールの設置が建築基準法の趣旨に反する旨指摘している(甲第三号証の二)。」

旨述べており、結局のところ、上告人らの本件私道への本件ポールの設置が被上告人らの本件私道の通行可能な範囲を著しく制限する行為であるかどうかが問題となるとしているのである。

(ハ)、そして、それに続いて原審は

「確かに、一で認定したとおり、本件私道を四輪自動車が通行可能となった(それも、本件私道の北側部分では道路中心線からの後退が行われていないため、被上告人らの土地から南側公道への通行の範囲に限られている。)のは昭和五九年五月の上告人らのマンション建設以来のことにすぎないし、現実に四輪自動車が通行したのは、平成二年の例外的な一年間のみであり、被上告人らが四輪自動車により通行したものではないし、被上告人らの土地も、久江の死亡後、工事関係の自動車の臨時駐車場として利用された特定期間を除いて、相当期間利用されていなかったし、本件私道の四輪自動車による通行が、一般公衆に保障されていたものでもなく、本件ポールの撤去を求めるのも、差し当たり被上告人らの土地を居住用としてではなく、賃貸駐車場として利用する目的であり、被上告人らの日常生活に必須の要請であるとは認め難い面があることも否定できない。」

としており、その趣旨は、本件私道に関するこれまでの経緯からすると、上告人らが本件私道に本件ポールを設置したことが、被上告人らの「本件私道の現状での通行可能な範囲を著しく制限する行為」ということはできないものであるとしていることは明らかである。

(ニ)、そうだとすると、上告人らの本件ポールの設置は建設基準法の趣旨に何ら反するものとはいえず、違法でないことになるはずである。

それにもかかわらず

原審判決は、つづいて

「しかし、道路の通行の自由が確保される必要があるのは、本件私道に接する土地の居住者が利用する場合に限定されるものではない。しかも、本件の場合には、本件ポールの設置により、緊急自動車の本件私道への進入が制限される事態の発生も予想される。このような事態の発生も予想されることからすれば、本件ポールの設置による四輪自動車の通行妨害は、公共の福祉に反し、違法なものというべきである。本件私道の利用の直接の目的が被上告人らの土地を駐車場として使用し、そこへ出入りする他人所有自動車のためのものであるからといって、右違法性がなくなるものではない。したがって、被上告人らは通行の自由権(人格権)に基づいて、本件ポールの撤去を求めることができるものと認めるのが相当である。」

旨述べている。

結局のところ判決は緊急自動車の本件私道への進入が制限される虞れがあることをもって、被上告人らの本件私道の通行の自由権(人格権)が侵害されたというのである。

(ホ)、しかし、これはすり替えである。通行の自由が侵害されなければ、これに基づき妨害排除請求はできないものであることは当然である。

そもそも本件ポールにより緊急自動車が本件私道へ進入できなくなるとしたこと自体誤りであるが、その点は措くとしても、緊急自動車の本件私道への進入が制限されることと被上告人らの本件私道の通行の自由権(人格権)が侵害されることとは直接の関係はない。

被上告人らは従前どおり本件私道を自由に通行できるのであり、緊急自動車が本件私道に進入できないからといって被上告人らが本件私道を通行できなくなるわけのものではない。従って、被上告人らの通行の自由は何ら侵害されていない。

前記認定のとおり、被上告人らは、本件私道に対し、通行地役権を有するものであるが、その内容として自動車の通行は含まないものであり、「このことは、現在に至るまで本質的な変化はない」のである。前記のとおり原審判決はこの点を明言しているのである。従って、本件ポールの設置によって被上告人らの通行の自由が侵害されたとの事実は存在しないのである。

(ヘ)、なお、本件私道が建築基準法上のいわゆる二項道路の指定を受けた結果、その反射的利益として被上告人らも本件私道をその形状の限度において自由に通行する権利を有するが、その権利の内容として自動車の通行を含むかについては、原審判決も述べている前記諸経緯からして否定されるのが相当である。

尚、道路位置指定処分がなされた土地についてであるが、平成三年四月一九日最高裁判所は次のとおり判示している。即ち「特定の土地につき道路位置処分がなされ、当該土地が現実に道路として開設されている場合においては、当該土地所有者以外の者も右土地を自由に通行することができると解すべきところ、前示事実関係によれば、本件道路位置指定土地のうち、上告人弘吉所有土地の部分は、既存の本件私道との境界上(本件ブロック塀築造位置)に従前から存在した竹垣及び柾木の生垣の内側に位置して、現実に道路部分として開設されていなかったというのであるから、被上告人がその部分を自由に通行することができるものではない。

そうすると、被上告人が右部分を自由に通行し得ることを前提として、被上告人の本件妨害排除請求を認容すべきものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである」と。

そもそも被上告人らには前記通行地役権が認められているのであり、更にこれに加えて二項道路指定を受けた結果生じる反射的利益としての通行の自由なるものを認める必要があるのかは疑問なしとしない。

当事者間に私道を通行する具体的な権利がない場合には反射的利益としての通行の自由を認める必要があるが、当事者間に民法上の通行地役権があり、その内容も確定しているにもかかわらず、これと異なる内容の単なる反射的利益としての通行の自由を認める必要はないものと解するのが相当である。

(ト)、以上のとおり、本件私道への本件ポールの設置によって被上告人らの通行の自由は何ら侵害されておらず、侵害のないところにこれに基づく妨害排除請求権は認められるものではない。原審がこの点を何ら審理することなく、本件私道への緊急自動車の進入が制限されることが予期されることをもって公共の福祉に反し、違法なものとして被上告人らは通行の自由に基づいて本件ポールの撤去を求めることができるとしたのは明らかに審理不尽・理由不備の違法があり、民法の解釈を誤ったものである。

第三 <以下省略>

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